読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

a-i.

宮崎県綾町の養蚕・天然灰汁発酵建てによる藍染めと紬・絣織の着物づくりを行う染織工房で働いております。

【良い商品・・・?】

結局、良い商品とは何なのか・・・。

 

 

うちの工房で作る織物は琉球染織に端を発しているので、

時々それに関する本を読むのですが、こんな記述がありました。

 

 

f:id:futachai:20161204140343j:plain

 

「結局は”いい織物”とは何をいうのか」

これは織物に問わず多種多様な産業全般に置き換えることができる問い。

 

良いものというのは個人差があるものだし、何が是で何が非であるか

一概に決める事はできない。

 

例えば【染め】

今では世間的に広く草木染めが受け入れられているが、高度経済成長時代を含め基本的には化学染色が当たり前で。

 

一番の理由は「退色」

糸染めの織物を作る業者にとっては、日光や蛍光灯への耐性が強くない一部の植物染料で万人受けの商品を作るのは非常に難しい。

消費者に文句を言われて返品されたら修正のしようがない。

後染めのTシャツとかなら何度でも染めることはできるだろうが、そうはいかない。

化学染めは優しい色合いでは劣るかもしれないが、強い。

だから草木染めが是で化学染めが非ではないし、その逆もあり得ない。

 

ただ、現代の世間一般の印象が良いために草木染めでないものを草木染めと言ったり、本藍染めでないものをそうだというのは別問題で、プライドの問題。

 

また、【オーガニックコットン】も

最近もてはやされているけど、ピンキリであって。

環境に良いオーガニックコットンが他のコットンと比べて品質が良いかと言われるとそうではない。

環境に良い=質が良い、肌に良い とは必ずしも言い切れない。

もちろん環境に良くて質も高い商品を作ってる人はいらっしゃることも事実。

 

 

【有機農業の野菜】も

有機農業は環境に良いとされるけれど、

有機農業の野菜=美味しいとは限らない。

自分も週末は産直市みたいなところで野菜を買うけれど、

「この農家さんのキャベツはすごく美味しかったから、ねぎも間違いなく美味しい」という前提であったり

「ここの農家さんはお世話になってるし、考え方や向き合い方も含めてすごく人間的に信頼できるから安心して購入できる」

という前提に基づいて野菜を買う。

 逆に

「ここの農家さんは農薬不使用だけどあまり好みではない味だったからこの人の野菜は買わない」

なんてちょっと失礼な、だけど正直な好みのもと購入商品を選ばせてもらってる。

 

 

 

 

消費者によって「良い商品」の定義は異なる。

質の高い商品は良い商品だけど消費者にとって必ずしも良い商品であるとは限らなくて

そして「良い商品」であることと「買う商品」は同一ではない。

 

となると、生産側としては「良い商品」と「買う商品」のバランスを考えながら作っていく必要がある。

というよりもその二者をできるだけ近似させる必要がある。

 

つまりは良い商品を買う消費者をきちんと開拓していくというなんとも当たり前な結論なんだけれど。

世間の常識は工芸業界の非常識?

 

逆に言えば今まで「選ばれる」側だった生産者が、消費者を「選ぶ」側なんだという多少我儘な地位をきちんと確立していかなければいけないよねと。

 

 

 

 

 

こういうこと書こうと思ったのは、もちろん本の中身が目に留まったのもあるんだけど

①先日11月25−27日に行われた「綾工芸まつり」に関して

来場者の意見に「商品が高額すぎる」という意見が多数あったこと

ある工芸家さんは「宮崎だと高いと言われるが、東京だと安いと言われる

なんて言ってたし

 

 

②昨日宮崎の文具屋兼雑貨屋さんで

その店で最も質が良いであろう弁当箱たちがコーナーの角でぞんざいに扱われていたこと。

 

③それとか他のお店とかを見て自分自身が

「(自分も含めて)本当に質の高い商品(工芸品)がわかる消費者が育っていないし、目を養うお店がない」

 

となんとも上から目線で思ってしまったことによるもの。

 

 

 

商品やその商品の作り手さんは、消費者に見られることで成長するのに

きちんとした評価がなされなければそりゃ育たないよなと。

 

そのままで育たないなら

 

一緒に育つしかないよなと。

 

 

 

そう思った。まだ自分の論にできてないけど

すごく良いきっかけになりました。

 

 

f:id:futachai:20161204144242j:plain

 

これから乾燥が強くなる季節です。

保湿クリームをしっかり塗りましょう。